『主戦場』 監督: ミキ・デザキ
タブー化しつつある「問い」を正面から突き付けてくる、強烈なドキュメンタリー。
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7/21の参院選前に『新聞記者』と並び政治モノとして話題になっていた作品。
遅ればせながらイメージフォーラムにてやっと鑑賞。
サービスデー(¥1,100)だったせいか、平日の午前中にも関わらずほぼ満席。
本作は日系アメリカ人であるミキ・デザキ監督による論戦型ドキュメンタリー。
「慰安婦問題」を軸に、否定派=右派の保守系論客と、肯定派=左派のリベラル・人権派系論客を、文字通り左右に対比させ、
- 軍部ぐるみでの強制連行はあったのか?
- 彼女たちは金銭目的の娼婦だったのか、それとも性奴隷だったのか?
- 被害者は本当に20万人もいたのか?
など、慰安婦問題の中核を成すトピックに対し両派の主張を交互に組み合わせ、フレームの中で対峙させていく。
両論併記、極力フラットな土俵でのディベート、といった対象に距離をおいた建付けではない。
デザキ監督は、否定派に対し明確にポジションを取っており、明らかにバイアスが入った作りとなっている。
そこに結論ありきのアプローチを感じることは否めない。
だが、そのバイアスがかった視点を(この作品の中において)寧ろ正当化しているのは、他でもない否定派自身の主張と所作でもある。
ある自民党の議員が画面に映る度、その話す内容の根拠の薄さに論旨の弱さ、そして解釈の自分勝手さに心底呆れたし、劇場の空気にも同様のものを感じた。
また、あるアメリカ人ライターに対し金銭を払って取材をしてもらった、つまりお金で自分たちに都合の良い記事を書かせたのではないか?という質問を受けた時の櫻井よしこ女史のシーンは、まさにドキュメンタリー映画特有の説得力が現れた瞬間だろう。
「複雑な問題だから答えたくない」と言ったあとの細かな目の動き、目尻によった皺、少し弛緩したような表情。観客みんなが固唾をのみ、その意味するところを理解した瞬間だったと思う。
一方、肯定派の主張・ロジックに稚拙さを感じる点も多々ある。
20万人の数の根拠などは、自身でフックになりそうな数字を出しておきながら、状況が悪くなると無視する、ご都合主義的な面も感じる。
こういった疑問やツッコミどころは散見されるが、教科書からは削除されメディアからは敬遠され、社会から埋没化しつつある問題を、イデオロギー闘争に矮小化させず、改めて人権問題として向き合うトリガーとなり得る強い「問い」を孕んだ映画だと感じた。
いま観ておくべき映画の一つ。
#TheMainBattlegroundoftheComfortWomenIssue